採掘の為の掘削作業

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作曲をするようになってから
何事も原点を見つめたくなっちゃいました

けどこういう気は実は昔からなんとなくありまして

昔は全然言葉を発さない子でしてね…実は
(*´ω`*)
なので自分の心の中で声を発するのは日常茶飯事
恐らく3歳くらいからそんな感じだったかなぁ…

だいたい子供の言うことは大人には通じず
受け入れてもらえないことが多かったから
そういう大人の様子を子供ながらに察して徐々にそうなっていったのですが

けどそれが功を奏してか
今では自分の中で大会議が出来るようになっておりますw

作曲を真剣に始めて
まぁ壁によくぶち当たっておりますw
その度に心の中で大会議が行われ
「どうしたら問題解決するか…どうしたら誰にでも通じることが表現出来るか…」
作曲も表現の一種ですので、ちゃんと相手に伝わらなければ意味が無い
「そもそも今行ってる大会議は、問題なのか?そもそも今自分は、何がしたいのか?」
なーんてことが心の中で行われておりまして…

そんなある日…というか今日、気が付いた事
どうやらボクが心の中で行ってる大会議は
「哲学」を行ってるみたい

ってか、たまたま見たテレビで哲学がどうのこうのやってて
お恥ずかしながらこの歳まで、正直この「哲学」ってのがどういうモノなのか、何を指す言葉なのか、ほぼ解っていませんでした
(;´∀`)
で、たまたま気になったのでググってみたんです
てか、現代人っぽくWikipediaとか哲学者のホームページとかを読んだんですが
「物事の”そもそもの部分”を、誰もが納得する言葉を見つける」
…ということみたいです

それまでは、哲学=難しい言葉でウマいこと言う
みたいに思っていたんですが…完全に思い込みでしたねww
( ̄▽ ̄)

で、「哲学」を知ると、そもそもの原点が見えてくるので
人生で壁にぶち当たった時に解決しやすくなるので
難しくて近寄り難いモノではなく、生きる糧になる考え方のようです

コレを知った時
「それ…近い事をいつもやってるわ…心の中で」
って思いましたねw
心の奥深くまで潜っていって、行ける所まで行って辿り着いた部分に落ちている答えを見つける作業

曲を作る時、何をどのようにどうやって伝えて行くか…
を常々考えます
じゃないと折角表現したモノがモッタイナイもん
折角ねぇ…この世に生まれてきたんだからねぇ…
(´・ω・`)
で、そこに、ドッキリ的な要素と、感動的要素と、恐らく自分にしか解らない楽しみポイントをスパイス的に盛り込むのが
苦しくもスゲー楽しい部分なんですよ♪
ヽ(´ー`)ノ

やめられないとまらない〜♪
(゚∀゚)

「哲学」を調べてみて感じた面白い部分なんですが
Aは良くてBが悪い…とか
Aにするか、Bにするか…とか
そういうところを議論するんじゃなく
AとBは、何故そうなったのか…じゃあそれをどのように扱ったら皆が素敵な気持ちになれるか…
ってことを議論しあうってところ♪

「哲学」は絶対にそういうモノってワケじゃなく
あー、なるほどね
を狙いにいくモノなんだそうなので
自己主張とか、どーだ俺スゲーだろとか、意見の押し付けとか、自分の経験論を言うものではないんだそうです
自分で考えた事を、今度は相手に話して、建設的にディスカッションをしていく材料にするモノだとか…

自己の経験談からの成功話しじゃなく
自己の経験と相手の意見から見えてくる本質を見つける作業

でだ、何故今回このような事を書いたのか…
答えは簡単、自分が忘れない用のメモ作成の為に書きましたとか…♪

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